おばあちゃんと私。(その1)

 

 

いつもニコニコしていて、
家族のために一生懸命で、
気遣ってばかりいるとても温かい人

祖母を言葉で表すとこんな感じでしょうか?

 

納棺を行う際に、親戚が集まり、
ついでにみんなで戒名を決めようと「祖母を表す漢字と言えば?」となった時に、
やっぱり「優しい」とか「(心が)温かい」とか出ましたね。

私は仕事でその場にいなかったのですが、

「穏やか」も出ていたようです。

 

今回はネットビジネスを始めようと思ったきっかけでもある、

「祖母」について書きます。

祖母について語り出したら長くなるので、2回に分けてお話したいと思います。

 

 

私は小学1年生から母方の祖父母と同居していました。

 

その頃の私は(今もそうですが)、
臆病で泣き虫で1人では何も出来ない子供でした。

 

母と離れるのが嫌なのと、引越しもしたので、

幼稚園の頃の友達もいない、

知らない人ばかりで心細い、

など色々重なって、

登校班の集合場所に行くまではいつも泣いてばかり。

授業中は少しでも分からない事があると泣きそうになったり、

給食の時間は少食の私にとって、すごく緊張していました。

下校は、登校班の子が仲良くしてくれ、

一緒に穏やかに帰っていたけれど、

やっぱり1番自分らしく落ち着くのは家でした。

 

 

その中でもおばあちゃんと一緒に過ごす時間は穏やかで好きだから、

私はおばあちゃんにべったりで、おばあちゃんもそんな私をとても可愛がってくれました。

 

そして、どんな時も私の味方でいてくれ、いつも励まし、時には褒め、背中を押してくれました。

 

 

けれど、優しいおばあちゃんでしたが、

ただ1つ嫌なところがありました。

 

 

それは、「人と比べる」ことです。

比べる人は、母や従姉妹、私の友達でしたね。

 

 

母には姉が1人兄が2人おり、

祖父に似て、その姉と兄たちもとても器用で頭が良く

何でも出来ちゃう人たちです。

 

 

母はそんな姉と兄たちに比べると

「出来ない」とは言っているけど、

手先は姉や兄たちと同じ様に、やっぱり器用で昔から編み物などの手芸が得意です。

 

 

私はというと、

「その器用な血はどこにいった?」というくらいそういうのは苦手です……(泣)

 

 

仕事で品物を包装するのですが、

8年位たった今でも苦手で、

包めますが失敗もあります(汗)

その位不器用で、周りにもそう思われています。

 

 

話はそれましたが、

 

祖母から見れば祖父も含め、

何でも要領よく、

器用にこなしてきた人たちを見てきているので、私の不器用さを見た時に、

驚いた様な感じを見受けられました。

 

そして、

「お母さんがあなた位の時は上手に出来ていたわよ」と、

何かと言われる様になりました。

 

 

親戚やお客さんがきた時のもてなし方(挨拶やお茶だし)、

普段のお手伝いの時、夏休みの自由研究や絵日記作成…

 

 

小学生の頃は上のような感じのことで言われていました。

当時は本当に苦痛でしたね。

言い方も、いつもは優しいのにその時はキツかったので、

泣きながらやっていました。

 

 

祖母のことは好きなんだけど、

言われたその時だけは

祖母のこと全部が嫌いになって、

母や父、祖父のことも信用出来なくなり、家族が敵のように感じ、

「みんな大嫌い!」と思ったこともありました。

 

 

月日はながれ、

 

 

だんだんと私もやっていくうちに出来るようになってきましたが、

中学と高校からは、また新たな要素が加わり、

比べる対象も従姉妹や、私の友達まで広がっていきました。

 

 

中学・高校の時期って、

お洒落や美容に目覚めて綺麗になる年頃ですよね。

けれど私は(今も多少ありますが)無頓着でした。

 

それよりも、漫画やアニメとかに夢中。

その頃からBがLってる漫画やお化粧バンドを知って、はまり始めていましたね。

 

思えば、化粧したのは大学からだったもんな~(遠い目)

 

なので、言われるのもそういった関係のが多くなっていきました。

 

 

あの子は綺麗にしている。

あの子は努力している。

 

 

しかも、それを私だけに言う事もありますが、大抵はそういった事は私の前でその子に

「綺麗ね~。この子(私)は何にもやらなくて。見習わせないと。」

とこんな風に言うのです。

 

これも辛かった…

 

何も、その子の前で言わなくてもいいじゃん!

はいはい。どうせ私はダメな子ですよ!

 

と心の中でいじけてましたね。

そんな感情が顔に出てたらしくて、後で叱られて、余計辛くなったりもしました。

 

 

小学生とは違い、中学・高校では反発することも出来たはずだけど、

それはしませんでした。

逆にそうすることを諦めて、渋々でもやるようにしていました。

そうした方が後々面倒ではなくなるからです。

 

 

数回、口答えをした事があったのですが、

それに対するお説教や、また誰かと比べられたり、

さらには昔の話までされて、相当辛く、面倒くさかったので、

素直に従った方が早く終わると気づいたからです。

 

一種の処世術とでもいいましょうか?

 

 

しかしこの長話とか小言を聞いて耐えた経験は、今の仕事に役に立っています。

 

 

私が務めているデパートは、

土地がらお年寄りの方が多く来店されます。

 

相談だったはずが、

いつのまにか世間話や昔話になっている事がよくあり、

私は祖母の経験からそういうのには慣れっ子でした。

 

 

でも職場の人にはすごい事らしく、

「よくイライラしないで聞いていられるね」

「優しいね」

と言われます。

 

 

あの時はすごく辛くて嫌だったけど、

こうして今となって耐えた経験は役立っているので、

有り難いなぁ~と思います。

 

 

 

その後、

祖母は私が社会人3年目の時、脳梗塞で倒れました。

その時から亡くなるまでの時間もとても貴重な経験です。

そしてインターネットビジネスを始めたもう1つの理由もその時に生まれました。

 

それは次の記事にてお話ししていきます。

 

 

 


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私は現在、デパ地下のお菓子屋さんで働くと同時に、
インターネットにメルマガを使った自分の分身(仕組み)を作って、
代わりに働いてもらうようにもしています。

この働き方に出会う前の私は、
シフト制の働き方に疲れ、
「体と心にゆとりが欲しい」と思っていました。

資格取得するのは億劫、
転職活動するのは不安…

そんな時にインターネットでの働き方を知りました。


☆りんごじゅーすの詳しいプロフィール☆


あなたがもし、
今の働き方が辛く、
転職や副業で悩み、
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